作成: 令和2年11月16日, 編集: 11月16日, 創価大学理工学部 畝見達夫
個体ベース感染シミュレーションにより,症状や接触にかかわらず無差別に検査を行った場合の流行抑制に及ぼす効果を明らかにする。 現在の計算機環境で可能な規模を考え,ここでは人口4万人および9万人の集団についてシミュレーション実験を行う。
個体が感染しているかどうかを調べる検査はつぎの場合に実施するものとする。
2 の擬症状者の人口に対する割合は,インフルエンザ等他の感染症の流行や,気象の急激な変化など,体調を崩す要因の寡多の影響を受ける。 とともに,どの程度の症状で検査対象とするかという判断基準にも依存する。 また,潜伏期間が長いことが一般にも知られていることから,各自が自身や身近な人々の感染の有無に不安を覚え,検査によって安心を得たいとの要望も多いものと予想される。
ここでは,症状の有無によらずランダムに選んだ個体を検査することの感染拡大の抑止に及ぼす効果に関係するシミュレーション実験を行い,結果の統計的傾向についてまとめる。 検査のモデルは,現在広く実施されている PCR検査を想定し,感度,特異度,検査結果までの期間などを設定した。 モデルの概要については,こちら を参照されたい。
検査対象として,発症者と接触者の他にランダムに選んだ個体についても検査を施す。 ただし,ランダム抽出による検査については,1日人口当たりの平均検査対象者数を限るものとし,ここではパラメータとして1日当たりの各個体についての選択確率により制御する。 選択確率を 0-10% の範囲で 1%刻みで変化させた11とおりの値について, 各10回シミュレーションを実行し,感染者数の推移を記録する。 シミュレーション期間は,最長で200日間とし,それ以前に感染者がいなくなった場合は,そこで中止する。 詳細はモデル仕様の検査の節を参照されたい。
その他のパラメータを含めた既定値は下記の表のとおりである。
その他のパラメータは,かなり緩い対策がとられた状態である点にも注意されたい。
つぎに示す左側の図は,全体の人口に占める感染者の割合の時間変化について,10回の試行の各ステップでの平均をとったものである。 この指標は陽性判明者数とは異なるので,現実に測定することが難しいという点には注意されたい。 右側の図には,ピーク時の感染者数,200日分実行後の累積感染者数,ピークの日付の平均値を示す。
人口に占める感染者の割合の時間変化 | ピーク時と感染者数 |
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ランダムでも検査数を増やせば感染拡大を抑制できることが分かる。 感染者数の平均値を見ると,0-10% の範囲では,検査数にほぼ比例して感染を減らすことができる。 人口9万人の場合の感染率減少の傾きを最小二乗法で算出すると,ピーク時感染率は \(-0.869 \ (R^2=0.982)\),200日の累積感染率では \(-4.15\ (R^2=0.985) \)である。
他のパラメータによるシミュレーション結果と同様に,平均値による結果は,特に感染者数が多い場合では連続値を仮定した数理モデルに基づくものと同様の推移を示しているが,各シミュレーション過程を見ると,感染者数が少ない場合には,大きな揺らぎがある。 以下の図にすべてのシミュレーション過程を列挙する。
ランダムに選択した個体に対する検査について,人口に対する1日当たりの実施率の変化に伴う感染拡大抑制への効果についてシミュレーション実験を行なった。
たとえば日本国内における PCR検査の実施は11月1日から15日の平均で1日当たり20,000件程度であるが1,これは人口に対する比率に置き換えると 0.02% である。 このシミュレーションでは1%以上を想定しており,検査のコストや体制の整備を考えるとあまり現実的ではない。 つまり,このシミュレーションに示すような抑制効果を実現するには,現状の検査方法よりはるかに安価,簡便,短時間で同程度の感度をもつ新たな検査方法を開発しなければならないことが示唆される。
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厚生労働省オープンデータ https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html ↩